スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 マタニティブルー??その2 ~ミルク編~
2012年06月28日 (木) | 編集 |
こんばんは
今回は先回のジャム編に引き続きミルク編を書き記したいと思います。

今回も長文です。
覚悟してお読みください。



ジャムが天国に旅立ってから時は経ち、マサしのは中学卒業の時期を迎えました。

実はマサしの、中学3年の後半にプチいじめに合ってました。
しかも今まで仲の良かった友人から・・・

何が原因で無視されるようになってしまったのか今では覚えてませんが・・・
多分他の子と仲良くしてたとかマサしのが聞きそびれて無視したと勘違いされたとかそんな些細な事が原因だったと思います。

不思議なものでその子一人が無視し始めるとクラス全体に伝染してしまうものなんですね。
クラスの子達は「私はマサしのちゃんの味方だから。」なんて言いつつも実際には他人事。
蚊帳の外から様子を伺いながら高みの見物っといった感じでした。

それにもう2学期の後半を過ぎてましたし、クラス内ではそれぞれのグループとゆぅものが確立されておりマサしのは異分子とみなされクラスで孤立化してしまいました。

で、やはりクラスの嫌われ者とゆぅ人はどこにでもいるものでマサしののクラスにもどのグループにも属さない嫌われ者が1人いまして必然的にその子といる機会が多くなったのです。
その子にジャムの話をしたら自分ちの猫に子供が生まれたらあげるよといわれたのです。

マサしの、一瞬迷いました。
だってジャムが亡くなったばかりだしそれよりも母が許してくれるはずがないのですから。
とりあえず生まれたら連絡をもらう約束をし中学を卒業しました。

それから高校生の夏、仔猫が生まれたよと連絡をもらいました。
本当どぉするか迷いました。
マサしのは欲しかったです。
だって自分の猫とゆぅ物を仔猫から育てたことがなかったのですから。
意を決して母に打ち明けました。
そしたら自分で面倒見れるならいいよとお許しが出たのです

マサしの、嬉しくって嬉しくって天にも昇る気分でした
多分ジャムのことでマサしのが落ち込んでた姿を母は見ているからでしょう。
新しい猫を飼うことで前向きになってくれたら・・・と母親心だったんだと思います。

早速友人に連絡し乳離れした頃もらいに行く約束をしました。
あれは忘れもしません初夏の日差しが照りそそぐ高校1年生の7月初旬、のカゴにミルクを乗せてもらって帰りました。

真っ白なシャムネコ(♂)でしたので『ミルク』と名づけました。


ミルク1

ミルク2


ミルクはやんちゃ坊主でシャムネコだけあり気が強かったです。
でもとてもいい子で躾はとても楽でした。
家族に可愛がられながらすくすくと成長していきました。


ミルク3


当時の猫は去勢もしなかったし放し飼い状態、餌もキャットフードではなくねこまんま。
ミルクもそんな環境で育ちました。
まぁ、最初は家猫で育てるつもりだったのですが外に味を占めてしまい断念したとゆぅのが本音ですが(^o^;

そして気の強いシャムネコだけありミルクはすぐ縄張りのボスと化しました。
そんな頃に事件は起こったのです。


その頃のマサしのはテニスにハマっており深夜に放送されてたテニス番組をよく見てました。
寝る前にお風呂に入るためお風呂を沸かしながら見てたのですがそのまま寝てしまうことがしばしば。

当時のお風呂は今と違い木の風呂桶で外からガスで沸かすタイプ。
沸いても自動で止まらないので手動で止めないといけません。
それなのにお風呂を沸かしながら寝てしまったので朝にはボコボコに煮えたぎってました。
そんなことを何度も繰り返してたので母にこっぴどく怒られました。

その日もお風呂を沸騰させ朝から母に怒られてました。
そしてお風呂のお湯を冷ますため蓋を半分開けておいたのです。

朝から居間でまったりをみてると「フンギャーーッ」とミルクの声がしお風呂場から凄い勢いで出てきたのです
そしてその勢いのまま居間中をかけずり回ってました。

その姿を見て最初はゲラゲラ笑ってたのですが、尋常じゃないことにやっと気づきミルクを必死で捕まえてみたところ下半身が真っ赤にただれていたのです

そぉなんです
チンチンに沸いたお風呂に落ちたのです

急いで流し台に連れて行きお水で冷やしました。
冷やしてる最中から「ナオ~ン、ナオ~ん」とミルクは泣きっぱなしです。

バスタオルに包み泣きわめくミルクを近くの動物病院へ連れて行きました。
そこの動物病院は朝早くにもかかわらず快く診てくれました。

診察の最中、学校に行く時間になったのでミルクのことが心配でしたが母に任せ登校しました。
学校が終わりに帰ると速攻で動物病院へ向かいました。

ミルクは檻の中でエリザベスカラーを付けられ痛々しい姿で横たわってました。
ミルクはマサしのに気づくと鉄格子に擦り寄ってきました。

マサしのはボロボロ泣いてしまいました。
こんな痛々しい姿になってもマサしのに擦り寄ってきてくれるのです。
マサしのの不注意でこんな姿にさせてしまったのに・・・
ごめんね、ごめんねと泣きました。

マサしのが母の言うことちゃんと聞いていれば・・・
風呂場の蓋を開けてなければ・・・
マサしのはまた大切な猫に後悔しても仕切れない過ちを犯してしまったのです。


幸いなことにミルクの火傷はきれいに治りました。
ただ火傷した部分の毛は産毛程度にしか生えてきませんでしたが。


ミルク5


その後も縄張りのボスに復活し元気に過ごしていきました。
でももともと体に欠陥があるようでレントゲン検査でわかったのですが心臓が弱い猫だったみたいです。
腸閉塞を起こし手術をしたこともありました。

母曰く、とにかくお金のかかる猫だったと(^^;
でもかわいい家族だから仕方ないと溺愛してました。


ミルク4


そして月日が流れマサしのは社会人になりました。
相も変わらない日常。
そんな日常がずっと続くと思ってたある日、突然ミルクが帰って来なくなったのです。
まぁ、確かに1~2日は帰って来ない日もありましたが2週間近くも帰ってこなかったのは初めてでした。

猫は死期が近づくと飼い主の側からいなくなるって言いますからもしかしたら・・・と家族全員諦めてました。
それがひょこっりとミルクが戻ってきたのです。
ガリガリのボロボロの真っ黒になって・・・

家族全員で喜びました

そして考えましたこんなになるまでどこにいたんだと・・・
もしかしたらトラックの荷台に乗り込み知らない間に遠くへ行ってしまったとか
悪い子供に閉じ込められたとか
いろいろ考えましたが、こんな姿になりながらも一生懸命我が家へ戻ってきてくれたのです。
我が家を自分の家と認識して戻ってきてくれたのですから。
もうそれだけで満足でした

さぞお腹が空いていたのでしょう、ねこまんまをガツガツ食べお水を沢山飲みました。
それからまた平穏な日々を過ごすと思ってました。

ところが数週間してミルクの容態が急変しました。
猫エイズでした。
ミルクは新築して1年目のきれいな居間で家族みんなに看取られ天国へ旅立っていきました。
病気に犯され死期を悟っていたにもかかわらず必死で戻ってきてくれたのです。
死に場所はやっぱり我が家なんだと・・・
ミルクにありがとうと言いながら見送りました。

1994年2月20日 享年5歳
スズメの鳴き声が聞こえる朝方でした。

今の飼い猫は10年~20年生きる現代に比べると5年は短いと思いますが、餌はねこまんまで去勢せず放し飼いの当時の猫では平均的な寿命だと思います。

短いながらも長い猫生をマサしの家族と過ごしてくれたミルクに感謝の気持ちで一杯です。


ありがとう、ミルク
ミルク6





そして現在・・・

トム1


マサしのはあるご縁でトムくんと出会いました。
もう家族どころか息子同然、目の中に入れても痛くないほど溺愛しております


マサしのはトムくんに対しても後悔しても仕切れない過ちを犯してしまいました・・・
それは肥満猫にしてしまったことです


トム2
ずんぐりむっくりのトムくん、可愛すぎです










ブログランキングに参加してます
トムくんとマサしのと授かった赤ちゃん、そして天国のジャム&ミルクに愛の応援ポチお願いします
それぞれ1個づつポチしてくれると嬉しいです

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサーサイト
 マタニティブルー??その1 ~ジャム編~
2012年06月24日 (日) | 編集 |
最近情緒不安定なマサしのです。

とても涙もろくを見ては泣き、ブログを読んでは泣きしてます
挙句の果てには思い出し泣き。
夢にまで見て泣いたり・・・

たまに昔悔しかったことや腹立たしかったこなどを思い出し、あぁしとけば良かったこぉしとけば良かったなどと喜怒哀楽が激しくなったりしております。

もしかしてマタニティブルー
なぁ~んて


最近特に思い出すのは昔実家で飼っていたちゃん、ジャムとミルクです。
とても後悔してることがあるのです。
マサしのはそれぞれのちゃんに対して後悔しても仕切れない過ちを犯してしまいました。

時と共に薄れていく記憶・・・
忘れないうちにココに書き記しとこうと思います。

かなり長文です。
覚悟してお読みください。



まずは蛇足話をば・・・

マサしのの記憶の中で一番古い猫はばっちゃん(← 一緒に住んでいた人)の妹が飼っていたキジトラ猫(♀)のミーコ。
とても人懐っこい猫で誰からも愛されてました。
当時マサしのの実家はアパート経営をしており、その一室にばっちゃんの妹は住んでいたのでミーコ会いたさによく遊びに行ってました。
初めて猫の出産を体験したのもミーコでした。
でもミーコはマサしのが小学生の中学年の頃、いつの間にかいなくなってしまいました。
猫は死期が近づくと飼い主の側からいなくなるって言いますし、もともと放し飼いの猫だったのでもしかしたらよそで飼われたのかもしれません。
今となっては憶測に過ぎませんが・・・

そしてマサしのの小さい頃は近所に野良猫が沢山いました。
春になるとアパートの庭で野良猫の仔猫達が戯れて遊んでいるのをよく見かけました。
その姿のかわいらしいこと。
触りたくて触りたくて仕方なかったマサしのですが、警戒心の強い野良猫の仔猫は捕まえようとするとターッと逃げてしまい触らせてくれませんでした。


いつしかの野良猫ちゃん達
野良猫1

野良猫2


・・・とこの様にマサしのは子供の頃から猫と触れ合う機会が沢山ありました。
でも実家で動物を飼うことはNGでした
母に「最後まで面倒見れるの」「死んだらかわいそうでしょ。」と言われなかなかお許しが出なかったのです。
今まで飼った生き物は縁日の金魚くらいです。



余談はココまでにして、さて本題です。

ジャムと出会ったのはマサしのが中学2年か3年生の頃、もう寒くなりかけてたので9月か10月ぐらいだったと思います。
そんな時期にひょっこりとジャムは現れました。
ジャムはもう大きな成猫で色はサビ系の茶トラとでもいうのでしょうか。
♂だったか♀だったか忘れてしまいましたが多分♀だったと思います。


垣根の上で日向ぼっこをしているジャム
ジャム1

ジャム2


まるでミーコを思わせるような人懐っこさで足に擦り寄って来たりしてとても甘え上手でした。
抱っこもさせてくれました。
餌を食べる姿はとても微笑ましかったです。

でもなぜか鼻をいつも詰まらせていました。
風邪でも引いてたのでしょうか
いつも鼻水ジュルジュルでした。


鼻が詰まってるせいかいつも上を向いて口を開けてました。
ジャム3
↑↑↑
ココが垣根の中の室外機の屋根の上。



ジャムは餌をあげるようになってからマサしのの実家の垣根内に住み着くようになりました。
垣根内にはエアコンの室外機があり屋根がついてたので雨風しのぐには調度良かったのでしょう。

その頃にマサしのが勝手に『ジャム』と名づけました。
そしてダメ元で母に飼ってもいいか聞いたのですが案の定、やはりNGでした
餌もあげたらダメと言われましたがそんなのガン無視です
しかも夜中にこっそりジャムをの中に入れ一緒に布団で寝たりしました。
たま~にですよ、母に怒られるので

その時のジャムのかわいらしいこと
マサしのの腕枕で寝るんです
ミーコでもそんなことしなかたのに。
益々愛着が湧いてしまいました

そんなことが1ヶ月ほど続いたでしょうか。
マサしのがあまりにもジャムを可愛がるので母も諦めたようで何も言わなくなりました。
そしてマサしのの中におごりが生まれたのしょう、調子に乗ってしょっちゅうジャムをの中に入れるようになりました。

そして後悔してもしきれない事件が起こったのです。
いつもの様に夜中にこっそりジャムをの中に入れ一緒に寝てたのですが突然ジャムが窓をカリカリし始め外に出たがったのです。
でもマサしのジャムと一緒に居たかったのでギュッと抱きしめ外に出してあげませんでした。
最初はジャムも抵抗してたのですが途中で諦め一緒に寝ました。
でもやはり外に出たいようで布団から出て窓をカリカリするのでまたマサしのがギュッと抱きしめました。

その時です。
ジャアァァーーーッ
ジャムが我慢しきれず布団の上でお漏らししてしまったのです
マサしの「ジャム」と叫びました。
ジャムも驚き自分で無理やり窓をこじ開け外に出ていってしまいました。

ここでようやくジャムが外に出たがった理由がわかったのです。
マサしの悪い事したなぁと思い「ジャム~、怒らないから戻っておいで」と呼びましたがジャムは戻ってきませんでした。
次の日もその次の日も・・・
これが生きてるジャムとの最後になってしまったのです。

それから1週間ほど経った頃でしょうか、母が垣根内のエアコン室外機の下でジャムの亡骸を見つけたのです。
マサしのわんわん泣きました。
学校を1週間近く休むほど落ち込みました。
ココに書き記してる今でも涙が溢れ出て止まりません。

マサしののエゴでジャムを死なせてしまったのです。
この寒空の下、一人ぼっちで。
ジャムもお漏らししてしまったことを申し訳なく思い戻りづらかったのでしょう。
室外機の下で寒さを凌いでいたに違いありません。

マサしのは後悔しても仕切れないことをしてしまったのです。
ジャム、本当にごめんね、ごめんね、ジャム・・・

母が「ジャムは病気だったんだよ。鼻がジュルジュルしてたでしょ猫は防衛本能があるから寒くても生きる術を知ってるんだよ。でもジャムは病気だったから生きられなかったんだよ。寿命だったんだよ。そぉゆぅ運命だったんだよ。マサしののせいじゃないよ。」と慰めてくれました。

ジャムをに連れっ行ってあげれなかった事よりあの日の夜の出来事の方が悔やんで悔やんで仕方ありませんでした。
あの時マサしのが素直にジャムを外に出してあげていれば・・・
たとえ病気だったとしてももう少し長く生きられたかもしれません。
そしてもう少しマサしのと一緒に居てくれたかもしれないのに。

さらに母が「ジャムは今まで野良猫だったじゃないでもマサしのと出会えた事でおいしいご飯も毎日お腹いっぱい食べれたし、温かい部屋で寝れたんだよ。ほんの数ヶ月の間だったけどジャムは幸せだったんだよ。ジャムはマサしのに感謝してるはずだよ。」と言ってくれました。
マサしのは母の腕の中で号泣しました。


ジャムの亡骸をダンボールに詰めからさほど遠くないお寺で埋葬してもらいました。
で移動中、膝の上に置かれたダンボールはあまり重さを感じさせませんでした。
箱の隙間からジャムを撫でました。
ごめんね、ごめんね・・・と。

ジャムを埋葬してから毎日のようにお墓に行くマサしのにばっちゃんが「あんまり行くとジャムが成仏できないよ。霊がついて来ちゃうからもう辞めなさい。」と言われジャムのお墓に行くのを辞めました。

それから月日が流れ、高校生か社会人になってから1度だけお墓参りをした覚えがあります。
その頃はまだお墓の立て札があったと思います。
そしてそれから数十年、一度もジャムのお墓には行ってません。
木の立て札だったのでもうお墓自体ないかもしれません。

このように思い出すたびお墓参りに行こうとするのですがなかなか行けてません。
お墓がなくなっていたとしても大体の場所は覚えているので手だけでも合わせに行こうと思います。

マサしのはジャムと一緒で幸せだったよ・・・
ほんのひと時でも一緒にいてくれてありがとうとお礼を言いたいと思います。


ジャムが亡くなる前の最後の写真
ジャム4
一番かわいく写ってます

ぼやけているのは多分マサしのの指だと思います。
でも先祖供養をやってる母曰く、ジャムの死期が写真に出てると言われました
多分マサしのを慰める為に言ったんだと思いますけど・・・







ミルクの話も書きたかったのですが長文になりましたし、なにより涙が止まらないのでミルクの話はまた次回にでも書きたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
マサしの










ブログランキングに参加してます
トムくんとマサしのと授かった赤ちゃん、そして天国のジャムに愛の応援ポチお願いします
それぞれ1個づつポチしてくれると嬉しいです

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。